HSP(HYPER SENSITIVE PERSON)とは、過剰に繊細で周りの刺激に必要以上に強い反応を示してしまう人のことだ。この作品は、そんなHSPである千明果(ちあか)という女性が仕事をクビになってからの日々を淡々と綴っている。
無職になった後の経過がリアルだ。最初のうちは清々するが、やがて貯えが少なくなって安アパートに移り、そこを借りる金も尽きてネットカフェに寝泊りするようになる。そしてネカフェの料金すら払えなくなってもう凍死する以外ないとなった時、彼女に手を差し伸べたのは古くからの友人、萌優(もゆ)だった……。
こう書くとドラマチックに聞こえるが、ゲーム中での語り口はあくまで淡々としてあっさりな印象だ。それは、ひとえに千明果のキャラクターによるところが多く、彼女は自分を取り巻く状況が悪くなっても焦りや被害者意識といったネガティブな感情をほとんど見せない。経済問題さえなければ植物のようにひっそりと生きていける人間なのか……下手をすれば映画「ジョーカー」みたいになりかねない筋書だが、彼女の性格によって生々しさが低減されて全体としてふんわりとしした雰囲気を作品に与えている。
千明果のように極端ではないが、現代社会に生きる我々は、生活の中で多かれ少なかれ同じような悩みを抱えているのではないかと思う。現代は、過去の人類が経験しなかった過剰な情報の洪水にさらされて生きなければならない時代だからだ。
外部から情報を得てその意味を読み取るプロセスは、そもそも人が生き延びるために身に着けたものだ。食料をどこで手に入れるか、自分を脅かす外敵や天災からどうやって身を守るか、生存のため情報を得ることが必要不可欠だった。だが現在ではメディアやネットを通じて処理しきれないほどの情報が休む間もなく与えられる。脳がオーバーフローして心が疲れてしまうのも無理はない。
千明果が「別に楽しみじゃないのに寝る前についスマホを見てしまい眠れなくなる」と言う気持ちが良く分かる。もしかしたら生き死にに関わる重要な情報があるかも知れないという太古の本能から「見ないといけない」ものになってしまっているのだ。現実にはそんなことはほとんどないが。
HSPはそんな人間の中でも感受性が特に強い、あるいは入ってくる情報のフィルタリングが上手くできないということなのだろう。作中で萌優が「生きているだけで偉い」と言っているがその通りだ。もともと生きるための能力だ。ただ状況によって生き辛さにつながっているだけなのだ。
HSPは病気ではなく個人の気質であり、矯正したり治療したりするものではない。自分の心と世間の間に折り合いを付けて摩擦を少なくして生きていく方法を探すしかないのだ。
経済を回すのに都合のいい人間になることが求められ、そこから外れた人間には何かと冷たい世の中だが、千明果には頑張って自分なりの生き方を見つけてほしい。
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